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岡山地方裁判所 平成8年(ワ)261号 判決 1998年8月18日

主文

一  被告甲野太郎及び被告甲野花子は、連帯して、原告に対し、金1億5,000万円並びにこれに対する平成3年7月2日から同月31日まで年8.5パーセントの割合による金員及び同年8月1日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告甲野システム有限会社及び被告甲野太郎は、連帯して、原告に対し、金1億4,900万円並びに金1億5,000万円に対する平成3年8月1日から平成5年12月20日まで年14パーセントの割合による金員及び金1億4,900万円に対する同月21日から支払済みまで年14パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  請求

一  甲事件

主文第一項と同旨

二  乙事件

主文第二項と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  甲事件について

(一) 原告は、平成3年2月25日、被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)との間で、手形貸付、証書貸付、当座貸越等に関する銀行取引約定を締結し、同日、被告甲野花子は原告に対し、被告甲野の右銀行取引約定上の債務を連帯保証した。

(二) 原告は、被告甲野に対し、同年4月1日、金1億5,000万円を手形貸付の方法により次の約定で貸し付けた。

弁済期 平成3年5月10日(後に同年7月31日に延期)

利息 年8.5パーセント

遅延損害金 年14パーセント

(三) よって、原告は、右被告らに対し、貸金元金1億5,000万円並びにこれに対する平成3年7月2日から同月31日までの約定の年8.5パーセントの割合による未払利息及び弁済期の翌日である同年8月1日から支払済みまで約定の年14パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

2  乙事件について

(一) 原告は、平成3年4月30日、被告甲野システム有限会社(以下「被告会社」という。)との間で、手形貸付、証書貸付、当座貸越等に関する銀行取引約定を締結し、同日、被告甲野は原告に対し、被告会社の右銀行取引上の債務を連帯保証した。

(二) 原告は、被告会社に対し、平成3年4月30日、金1億5,000万円を手形貸付の方法により次の約定で貸し付けた。

弁済期 平成3年7月31日

利息 年8.675パーセント

遅延損害金 年14パーセント

(三) よって、原告は、右被告らに対し、貸金元金から弁済を受けた100万円を控除した金1億4,900万円並びに貸金元金1億5,000万円に対する弁済期の翌日である平成3年8月1日から右元金100万円の弁済を受けた日である平成5年12月20日までの約定の年14パーセントの割合による遅延損害金及び残元金1億4,900万円に対する右翌日である同月21日から支払済みまで約定の年14パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

すべて否認する。

本件各消費貸借契約の債務者は、R株式会社(以下「訴外会社」という。)である。

三  抗弁

1  通謀虚偽表示

原告と被告甲野又は被告会社は、本件各消費貸借契約の際、真実の借主は訴外会社であるにもかかわらず、被告甲野又は被告会社が本件消費貸借契約の借主であるかのように仮装することに合意した。

2  民法93条但書の類推適用

本件各消費貸借契約は、原告が訴外会社に融資するために、被告甲野又は被告会社が借主名義を貸したにすぎないものであり、原告は、このことを知っていた。

3  信義則違反の評価根拠事実

(一) 本件各消費貸借契約は、原告が大口取引先の訴外会社の倒産を先延ばしにして、その間に原告の訴外会社に対する貸金債権を回収すべく時間稼ぎとしてなされた。

(二) 原告は、被告甲野又は被告会社に対し、本件各消費貸借契約の際、被告甲野又は被告会社に本件各消費貸借契約に基づく貸金請求はしないと説明した。

(三) 本件各消費貸借契約上の債務は、被告甲野又は被告会社にとって支払不可能な金額であるが、原告の説明を信用して、本件各消費貸借契約の借主名義を使うことを承諾した。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認する。

理由

一  原告と訴外会社、被告甲野、被告会社との従前の関係等について

<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  訴外会社は、昭和60年8月に建築の設計や施工、不動産の仲介や売買を主な業務として設立され、代表取締役は丙山春男であった。

被告甲野は、税理士であるが、訴外会社の設立前から訴外会社の設立に関与し、設立後は訴外会社の顧問税理士として訴外会社の決算報告書等の作成に当たっていた。

被告会社は、被告甲野の税理士事務所の業務中、顧客の帳簿の記帳の代行をすることを業務として設立された有限会社で、被告甲野が代表取締役である。

2  訴外会社は、昭和61年12月、自社所有の土地を購入し、同土地上に建物を建築した際に、原告(岡山支店。以下同じ)から6,600万円の融資を受けて以来原告との取引が始まった。訴外会社の主な業務内容は、訴外会社が土地を購入し、これを顧客に売却し、顧客から同土地上のビルの建築を請け負うというもので、設立以来、順調に売上を伸ばしていたところ、これに伴い、原告の訴外会社に対する融資額も増加していった。一方、訴外会社は、右業務の関係で顧客を原告に紹介し、原告が訴外会社の顧客に融資(総計4、50人に対し、合計40億円程度)することも行っていた。

3  被告甲野は、訴外会社の仲介した土地の購入資金として、平成元年4月に、原告から2億2,000万円の融資を受けていたが、平成2年2月、同土地を3億8,500万円で転売して、右借入金を返済していた。また、被告甲野は、同月21日、右売却益を元手に訴外会社に対し、岡山市<略>に自宅の建築を1億5,000万円で依頼し、内金1億円を支払い、その後同建物は平成3年4月ころ完成した。

4  ところが、平成2年の金融機関のいわゆる総量規制に端を発した不動産取引の萎縮及び地価の下落傾向とともに、訴外会社の業績が沈滞し、平成2年後半から資金繰りが悪化し始めたため、訴外会社は、請負工事を完成させる一方、手持ちの不動産を売却するなどして、資金の捻出に当たっていた。

5  平成3年2月当時、訴外会社は、資金繰りに窮し、下請に支払うべき資金にも窮していたところ、原告は訴外会社に約11億円を既に融資しており、訴外会社には、それ以上に担保余力はなく、追加融資は困難な状況にあった。

なお、原告の岡山支店長の権限により融資できる枠は、1名につき1億5,000万円であった。

(ちなみに、訴外会社は、平成3年9月26日に和議の申立てをしたが、和議開始に至らず、平成4年1月8日に破産宣告を受けた。)

二  平成3年2月以降の原告の融資関係について

<証拠略>及び括弧内に記載の証拠並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1(一)  平成3年2月25日、被告甲野は、原告との銀行取引約定書に署名押印し(甲2)、岡山市<略>の宅地の権利証を原告に持参し、根抵当権設定関係契約証書に署名押印し(甲6)被告甲野花子は、被告甲野の右債務に連帯保証する旨の書面に署名押印して原告に提出した(甲3)。

(二)  そこで、同日、被告甲野が額面9,000万円の手形(支払期日平成3年3月13日)及び額面6,000万円の手形(支払期日同月29日)を原告に対して振り出し、これに基づいて原告は、利息等を差し引いて1億4,880万3,251円を原告岡山支店の被告甲野名義の普通預金口座に借入金として入金し、右入金された金員の内金1億4,850万円から振込手数料を控除した額は直ちに訴外会社の口座に振り込まれた(乙23)。

(三)  同月13日、被告甲野の右口座に9,000万円が振り込まれ、同資金により同額が原告に返済され、さらに、原告から、被告甲野の右口座に、戻し利息金として33万5,343円、借入金として8,962万3,689円が入金され、右入金された金員に右(二)で被告甲野の口座に残存していた金員の合計9,000万円が訴外会社の口座に振り込まれた(乙23)。

同月29日、被告甲野の口座に1億0,600万円及び4,400万円が振り込まれ、同資金により1億5,000万円が原告に返済された(乙23)。

以上の被告甲野の口座に振り込まれた原告への返済資金は、すべて訴外会社が調達したものであった。

2(一)  平成3年4月1日、被告甲野は額面1億5,000万円の手形(支払期日同年5月10日)を原告に対して振り出し、これに基づいて原告は、利息(年8.5パーセント)等を差し引いて1億4,856万2,730円を被告甲野の前記口座に借入金として入金し、同額から振込手数料を控除した額が訴外会社の口座に振り込まれた(乙23、27)。

(二)  右融資金の元金の返済はなかったところ、同年6月12日、右(一)の手形の書替手形として、被告甲野は、再度額面1億5,000万円の手形(支払期日同年7月31日)を原告に対して振り出した(甲1)。なお、右融資金の平成3年7月1日までの利息は訴外会社が支払っていた。

3(一)  平成3年4月30日、被告会社は、原告との銀行取引約定書に記名押印し(甲10)、被告甲野は、被告会社の右債務に連帯保証する旨の書面に署名押印した(甲11)。そして、訴外会社所有名義であった岡山市<略>の土地建物(乙10、11)及び岡山市<略>の土地建物(乙12、13)について、被告会社を債務者として極度額1億6,500万円の根抵当権(根抵当権者は原告)が設定された。

(二)  そこで、同日、被告会社が額面1億5,000万円の手形(支払期日同年7月31日)を原告に対して振り出し(甲9)、これに基づいて原告は、利息(年8.675パーセント)等を差し引いて1億4,664万0,477円を原告岡山支店の被告会社名義の普通預金口座に入金し、これに同口座中にあった被告会社の預金を加えた合計1億4,675万円(振込手数料を控除した額)は直ちに訴外会社の預金口座に振り込まれた(乙28)。

(三)  なお、右融資金については、平成5年12月20日、右(一)の根抵当権が設定された土地建物から原告は100万円の配当を受けて、これを元金に充当した。

三  本件各消費貸借契約の借主について

右二で認定の事実によれば、本件各消費貸借契約に基づく原告の融資金は、すべて訴外会社のために利用されているということができるが、本件各消費貸借契約締結の意思表示は被告甲野又は被告会社がしていると認められるし、また、原告からの融資金が現実に被告甲野又は被告会社の預金口座に入金されていることからすれば、本件各消費貸借契約の借主は、被告甲野又は被告会社であると認めるほかない。なお、弁論の全趣旨によれば、本件各消費貸借契約の遅延損害金は年14パーセントの約定であったと認められる。

そして、右認定判断と前記二の認定事実によれば、請求原因事実はすべて認められる。

四  抗弁について

1  前記一、二認定の事実及び<証拠略>を総合すると、原告の前記二の融資についての経緯は次のとおりであったと認められ、これに反する証人H、同丙山、被告甲野本人の各供述部分は措信できない。

平成3年2月当時、訴外会社の資金繰りは逼迫していたため、訴外会社は資金繰り表を示して、原告に融資を依頼していたが、原告から訴外会社に追加融資することはできない状況にあった。そこで、原告、訴外会社、被告甲野は、原告支店長(H)の1億5,000万円の貸出権限枠を利用して、被告甲野名義で同額を貸し出し、訴外会社がその融資金を利用して資金繰りにあてる方策を採用することに合意し、同月25日、関係書類を整えた上、被告甲野に1億5,000万円が融資された。

右2月の融資は無事返済されたが、訴外会社の資金繰りは依然として逼迫していたため、原告、訴外会社、被告甲野が合意の上、同年4月1日に右同様の方策により被告甲野名義で1億5,000万円が融資された。そして、右融資の原因として、被告甲野が訴外会社に依頼していた岡山市<略>の自宅の請負代金の支払のために原告が被告甲野に融資するとの形態が採用された。

さらに、同月30日、依然として逼迫していた訴外会社の資金繰りのため、原告、訴外会社、被告甲野及び被告会社は、前同様、原告支店長の貸出権限枠を利用して、今度は、被告会社名義で1億5,000万円を融資する方策を採用することに合意し、関係書類を整えた上、右融資の原因として、訴外会社が前記のとおり原告に対して担保に供した岡山市<略>及び同市<略>の土地建物を被告会社が買い受けることにし、その代金支払のために原告が被告会社に融資するとの形態が採用された。

原告の右各融資は、訴外会社の資金繰りにより返済される予定であったが、訴外会社の資金繰りが更に悪化し、利息の支払も滞り、訴外会社はその後倒産するに至った。

2  判断

(一)  右1の認定事実及び前記のとおり被告甲野は、訴外会社の顧問税理士として、その経理に深く関与してきたこと、訴外会社の仲介により土地の転売による利益を享受していたことがあり、訴外会社に自宅の建物の建築請負を依頼していたなどの事実並びに<証拠略>を総合すれば、原告は、訴外会社に追加融資をする便法とはいえ、被告甲野又は被告会社に対してならば融資することが可能である旨提案し、一方、被告甲野ないし被告会社は、原告が訴外会社に対する追加融資はできない状況にあったことを承知しており、このことを前提に訴外会社の資金繰りを援助するために、原告の右提案を受け入れて、自ら本件各消費貸借契約の借主(すなわち、原告の融資金に対する返済義務者)となることを承諾したと認めるのが相当である。

(二)  そこで、右(一)が通謀虚偽表示(抗弁1)となるかどうか判断するに、通謀虚偽表示といえるためには、原告と被告甲野又は被告会社との間において、被告甲野又は被告会社が真実本件各消費貸借契約の借主ではないことを合意していることが必要であるというべきところ、右(一)のとおり、被告甲野ないし被告会社は、本件各消費貸借契約の借主となることを承諾していたのであるから、原告と被告甲野又は被告会社との間において、本件各消費貸借契約を仮装するとの合意があったということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  次に、被告らの主張する民法93条但書の類推適用(抗弁2)について判断するに、なるほど被告甲野又は被告会社は、原告の訴外会社に対する融資について名義を貸したと評価することはできるものの、右(一)のとおり、被告甲野ないし被告会社は、単に名義を貸したのみに止まらず、名義を貸したことにより本件各消費貸借契約上の債務を負担することを承諾していたのであるから、右各契約について民法93条但書を類推適用することはできないというべきである。

(四)  さらに、信義則違反(抗弁3)について判断するに、抗弁3(一)の事実を直ちに認めるに足りる証拠はなく、同(二)の事実については、被告甲野本人の原告支店長が「被告甲野に迷惑をかけない。」と言った旨の供述があるが、これが事実であったとしても、直ちにこのことが法的に信義則違反として評価できる約束であったと認めるに足りる証拠はなく、その他原告の本件各請求が信義則に違反すると認めるに足りる証拠はない。

3  よって、抗弁はいずれも理由がない。

五  結論

以上のとおり、原告の本件各請求は理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚本伊平)

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